意味ない話する。
聴く音楽にこだわりがなくなってきたので『G線上のアリア』も聴くし『ダイダイダイダイダイキライ』も聴く。でも『G線上のアリア』はハマらなかったし、ハマってないから聴いていないので言うと、ずっと真夜中でいいのに。も緑黄色社会もヨルシカもハマってないから聴いてない。ずっと真夜中でいいのに。はマジで出会い方に失敗し続けてる感じする。Adoが歌ってる曲の、別の人が歌ってるやつは聴くけどAdoの歌声は全然聴いてない。AdoのことアーティストとしてじゃなくてVOCALOIDとして見てる。じゃあ聴く音楽にこだわりがなくなったんじゃなくてレンジが拡がったんじゃないですか? そうかもしれないっすね。
この間また友達に会った。エクアドルで買ったコーヒー豆をくれた。友達と会って話ができることってありがたいですね。お家に呼んで、もらったコーヒー豆でコーヒー淹れて、一緒に飲んだ。10年後もこういうことをしたいよ。
ぼくの母親ってわれわれがもっと幼かった頃はそれなりに幼馴染と会ったりママ友と演奏会したり、数は少なかったかもしれないにせよ横の繋がりがあった記憶があるが、今どうしてるんだろう。大人で横の繋がりを維持するのって意思でしかないですよね。大人は基本的に匣が無意味なので。ここで言う「大人」とか「匣」とかの定義を細かく説明してもいいんですけど、面倒臭いのでしません。
「われわれ」の説明だけするか。われわれっていうのはわたしのきょうだいのことを想定しています。
今まで「親ガチャ」とか「子ガチャ」という言葉に全然ピンと来てなかったんだけど(そもそも言葉がおもんない)、それってぼくが親ガチャ子ガチャの疑似体験をしたことがあるからかもしれないね〜、と、急に思い至った。
「親ガチャ」「子ガチャ」という言葉は本来存在し得ないガチャ要素を前提としているのですが。ぼくにはきょうだいがいて(=子のサンプル)、且つ、これまでいろんな家を渡り歩いてきた(=親/保護者のサンプル)ことが、ガチャシステムの擬似体験みたいになったのかもしれないね、と思った。だからそれらの言葉がピンと来ないのかもしれない。まあ、それはそれとして「親ガチャ」「子ガチャ」って言葉はおもんないと思う。
説明おわり。
友達と会う直前にゲボ体調悪くなってデカい口内炎ができたりして、今はそれの回復期という感じがする。友達たちが悪い訳じゃないけど、友達と会う前って毎回ゲボ体調悪くなって最悪になる。毎回体調の悪い顔で会ってて申し訳ねえ。
なんかナウル共和国よりも埼玉の方が暑いらしいです。狂ってる。助けてください。夏への対策がゼロのまま2シーズンくらい過ごしてる気がする。今シーズンは流石にガツガツ歩けるサンダルといい感じのTシャツ買う。Instagramで見たjoutieの夏服ワンピースめちゃくちゃかわいいけどフリル多くて柔らかそうな生地だから多分似合わない。スカートなんかフリルが多ければ多いほどいい教入信者なのにフリル多くて柔らかいスカートが本当に似合わない。マジで意味のない話をしてますね。
友達と会ったときの写真載せちゃお。噂の、オレンジをその場で絞ってくれるオレンジジュース自販機、人生で初めて買った。オレンジがつぶつぶしてておいしかった。自販機で一杯五百円は高い。デートを特別にしたいときとかに買ったらいいと思う。
最近は匿名ラジオを聴いています。おわり。